「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」 1998年/イギリス/2時間1分
自己評価ランキング B−
「妹はチェロの天才だった。でも人生の天才ではなかったのです」
これは、この映画を鑑賞した人ならば、誰でも知っている、ジャクリーヌの姉、ヒラリーのひとことであり、本作品の全てを表わすひとことでもあります。ジャクリーヌ・デュ・プレは、1945年に英国オックスフォードに生まれ、多発性硬化症という病にかかって、1987年に短い生涯を閉じることになった、天才チェリストでした。100年に一人ないし二人しか現れないといわれる彼女の才能は、今も尚、神聖化されています。しかし、この度、公開された「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」では、彼女を取り巻く実生活を暴露しており、彼女の神聖化を信じて止まないファン達は、欧米での公開前に、抗議のストもおこなわれたほどです。残念ながら、日本では、1973年4月に来日はしたものの、彼女の病気によって、公演は全てキャンセルされることになり、彼女の名演は、日本人に広く聴かれることはありませんでした。本作品は、姉ヒラリーと弟ピエールによって書かれた原作に基づいているので、ありのままの真実を伝えています(多少、脚色されていると思いますが…)。
冒頭では、ヒラリーとジャクリーヌの幼い頃のシーンから始まります。そのシーンの後半、ジャクリーヌは、姉のヒラリーに、「心配しなくてもいいのよ」と、声をかけています。最初、その一言にどういう意味があるのかは、全く分かりません。これは、後半、物語が悲しい結末へと向かい、ようやく、その意味とそのひとことの重みを理解できるようになります。
本作品は、とても面白い構成に仕立ててあります。最初は、姉妹の幼少期、次にヒラリーからみた視点、そしてジャクリーヌからみた視点、最後に、ジャクリーヌの晩年と、4部構成になっています。ヒラリーの視点からだけでは、どうしても、ジャクリーヌのわがままを、強く感じとってしまいます。しかし、一方のジャクリーヌの視点に立ってみると、それはそれで、彼女の気持ちも分からないでもないのです。公演でロシアへ遠征した際も、実家に届いた妹からの郵便物に、家族一同は、なにかの土産かと慌てて紐をほどいたところ、そこにあったのは、汗まみれになったジャクリーヌの衣類だけでした。これだけでは、妹は横着して、洗濯物を実家に郵送したように受け止められます。しかし、妹の視点に立ってみると、そうならざるを得ない状況であったことを理解できるようになります。この辺の映画の作り方は、とても見事です。
本作品は、妹のわがままと姉の忍耐だけを、強く印象に残してしまいます。しかし、彼女らを支える2人の夫の存在も、この作品になくてはならないものです。ジャクリーヌの望んできたものは、全て適えてきたはずなのに、何故、家を飛び出していくことになったのか、その気持ちを理解出来ない夫。そして、ヒラリーの口から、妹とセックスをしてほしいと告げられ、妹への甘やかし過ぎに、何故、そこまでしなければいけないのかと、苦悩する夫。姉妹だけでなく、この2人の動きにも注目したいところです。
実は、姉のヒラリー役を演じたレイチェル・グリフィスよりも、妹役を演じたエミリー・ワトソンの方が先生まれなのです。しかし、立場が逆だったとしたら、この作品はしっくりとこなかったことでしょう。レイチェル・グリフィスは、姉役にはぴったりな、落ち着いた風格をもっていますし、エミリー・ワトソンには、お転婆な雰囲気を巧みに表現できるものがありました。あと、意外だったのは、姉妹の母を演じた、セリア・イムリーは、なんと、「スターウォーズ/エピソード1」で、戦闘機パイロット役を演じていたということです。チョイ役だとしたら、探すのも大変だとは思いますが…。
最後に、この作品の鑑賞後、ジャクリーヌの才能を開花させる過程で、ヒラリーの存在が最も影響していたことを、強く感じました。ジャクリーヌは、ただ、姉と同じものを手に入れたかっただけなのです。ジャクリーヌは幼い頃、姉のフルートの評判で、将来を有望視されていたとき、妹も、チェロによって、それを実現させたかったのでしょう。しかし、妹は、知らず知らずのうちに姉を超えてしまい、更に、手の届かないところへと駆け上り、もう普通の生活に戻ることは出来なくなってしまったのです。幼少期の姉に、フルート演奏で優勝できる実力がなければ、妹もまた、平凡な人生を歩んでいたのかもしれません。もう取り返しのつかなくなったジャクリーヌは、その後、温かい家庭を築き、平凡な生活を送っているヒラリーのもとを訪れます。幸せそうな姉の姿に羨望の眼差しを向ける彼女は、ヒラリーに、姉の夫へのセックスを要求します。姉の持っているものは、自分も手に入れないと、ジャクリーヌの心は落ち着かなかったのでしょう。姉のヒラリーは、映画の原作ともなった、「風のジャクリーヌ」という著書の中で、“…その天分こそが、彼女の人格だけでなく、私達家族をも破壊した…”と、自分の悲劇だった半生を、書き綴っています。しかし、果たして、本当に悲劇だったのは姉の方だったのでしょうか? それとも、妹の方だったのでしょうか? 私には、それを答えることは出来ません。また、どちらか一人を悲劇のヒロインに位置付ける必要性も感じてはいないのです。
監督 アナンド・タッカー キャスト エミリー・ワトソン ジャクリーヌ・デュ・プレ レイチェル・グリフィス ヒラリー・デュ・プレ ジェイムズ・フレイン ダニエル・バレンボイム デビッド・モリシー キーファ・フィンジ チャールズ・ダンス デレク・デュ・プレ セリア・イムリー アイリス・デュ・プレ ルペルト・ペニー・ジョーンズ ピエール・デュ・プレ ビル・ペーターソン ウィリアム・プリーズ オーリオル・エヴァンス ヤング・ジャクリーヌ キーリー・フランダース ヤング・ヒラリー ニール・ドーン・ポーター デイム・マーゴット・フォンテーン
参考
・株式会社インプレス MOVIE Watch
・「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」公式サイト
・「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」パンフレット