「シュリ」 1999年/韓国/2時間4分
自己評価ランキング A
私は、この作品を観て、今の日本映画では、韓国映画に勝てないと、素直にそう思いました。韓国では、社会現象にまでなり、「シュリ・シンドローム」という言葉まで、誕生したそうです。韓国全国民の7人に1人は、この作品を鑑賞したという、大ヒット作の勢いは、日本にも席捲し、私の心にも、大きな印象を残してくれました。
本作は、韓国の情報機関“OP”の情報部員ユ・ジュンオン(ハン・ソッキュ)と、その恋人、イ・ミョンヒョン(キム・ユンジン)との切ない恋物語です。しかし、ありきたりで、観ている方が恥ずかしくなるような、ラブ・ストーリーでは、決してありません。そのラブ・ストーリーに、今も緊張の続く、韓国と北朝鮮の南北問題も絡ませて、アクションムービーに仕立ててあります。ユ・ジュンオンとイ・ミョンヒョンは、結婚を1ヶ月後に控えていましたが、最近、多発する暗殺事件に、ユ・ジュンオン自身の命も狙われるようになり、ミョンヒョンの身を案じて、ホテルにかくまおうとします。しかし、いつもと様子の違うミョンヒョン。何が彼女を苦しめているのか、ジュンオンは分からないまま、事件は、更に危険さを増し、そして、より深刻な方向へと向かっていくのです。
この作品は、南北問題という深いテーマに、強い関心を与えてくれます。北朝鮮の工作員の一人は、韓国の情報部員との戦闘の前に、こう言っています。「俺達の国では、食べるものがない。道端の草や木どころか、土まで食って、飢えを凌いでいる。ましてや、餓死した子供を、泣きながら食べる両親の気持ちなど、お前らのような、チーズバーガーとコーラで育った者には、分かるまい」 …なんとも、言葉がありません。
実を言いますと、この作品は、「13ウォーリアーズ」の鑑賞後、すぐにハシゴしたものなのですが、鑑賞し終わった頃には、「13ウォーリアーズ」のことなど、頭から消えていました。それだけに、いろんな意味で、インパクトを受けました。「13ウォーリアーズ」は130億円もかけたというのに、それよりも、3億円の「シュリ」に、心を奪われてしまうとは…。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」でも感じたことですが、お金さえかければいいというものではないことを、改めて、私達に示してくれました。
ただし、至るところで、SFXを多用しているという「シュリ」も、まだ、ハリウッド映画には、遠く及びません。デパートの爆破シーンなんかは、日本映画でも観られるような、いかにも作り物という感じのものでした。でも、ケチをつけるところが、これ以外には、みつかりません。それに、何よりも内容としての完成度の高さからいえば、こんなことは、どうでもよいことに思えてならないのです。
映画の冒頭は、ラブ・ストーリーとは無縁なシーンが描かれています。それは、北朝鮮の工作員になるために命をかけて訓練を受けているシーンです。その残酷ともいえる描写は、「プライベート・ライアン」を思い起こさせるものがあります。しかし、その訓練は、今も尚、行われているという現実感があり、最近、耳にする拉致問題のこともあってか、肌寒く感じる気持ちを、完全に拭い去ることは出来ません。実際にこのシーンを作るにあたり、北朝鮮特殊部隊出身の亡命者の取材にも基づいているらしく、その描写はけっして現実離れしているものではないことを、実感させられます。
この物語には、2つの謎があります。一つは、イ・ミョンヒョンの様子がおかしくなる理由。ただし、これは、後半、その謎が明らかにされる前に、なんとなく、気づいてしまいます。…というわけで、このレビューでは、その辺りには触れないようにしておきました。そして、もう一つの謎は、次から次へと起こる事件で、韓国の情報部員が駆けつけたときには、既に時遅しの状態となっており、まるで行動を先読みされたかのような事態に終結してしまうことです。さすがにこの謎だけは、最後まで気がつきませんでした。これは、迂闊でした。
さて、冒頭でお伝えした「シュリ・シンドローム」ですが、本場の韓国では、数々の現象を起こしているそうです。まず、この作品で、重要な役割を果たしている熱帯魚、「キッシンググラミー」の人気が急上昇していることです。確かに、この熱帯魚の習性には、恋人同志を思わせるものがあります。また、映画の最後に登場する済州島の新羅ホテルにあるベンチも、有名になりました。なんでも、今では、“シュリ・ベンチ”と呼ばれるようになり、観光客も、大勢、集まっているとか。特に、新婚夫婦や恋人は、このベンチに座って、写真を撮り、永遠の愛を誓っているそうです。他にも、小学校では、「シュリ」を観ていないという理由だけで、いじめも多発するなど、「シュリ」は伝説化しつつあります。そんな中、「シュリ」旋風は、あのロバート・デ・ニーロにも興味を与え、事務所に「シュリを観たい」というFAXが届いたほどだそうです。確かに、作品の雰囲気は、彼の主演作でもある「ヒート」に似ているところもあります。それを考えると、「シュリ」は、「ヒート」と「ニキータ」のエッセンスを、うまく調和させた感じを受けます。現在は、トライベッカと交渉中で、全米公開の日も、そう遠くはないようです。
本作の主演男優は、ハン・ソッキュ。なんでも、彼の出演作品は、全て、大ヒットするという神話を持っているとか。今回の「シュリ」は、7作目にあたるそうです。韓国においては、大スター格です。そして、この「シュリ」で、スクリーンデビューを果たしたのは、イ・ミョンヒョンを演じた、キム・ユンジン。この作品で、彼女は一躍、有名になったことでしょう。第36回大鐘賞では新人女優賞、第19回映画評論家協会賞でも、同じく新人女優賞。第22回黄金賞では新人演技賞と、数多くの賞を獲得しました。10才の頃から、米国に移住し、演技を学んでいたということもあり、もし、全米で「シュリ」の公開が実現すれば、彼女の演技は目に留まり、今後、ハリウッド映画から、彼女へのオファーが殺到するかもしれません。
韓国では、600万人という、「タイタニック」を遥かに超える、観客動員数を記録し、同じ切ない恋物語であっても、韓国にとって、それを連想させる映画は、「タイタニック」ではなく、「シュリ」なのです。そして、タイタニックでは、セリーヌ・ディオンの主題歌「MY HEART WILL GO ON」を忘れるわけにはいきませんが、「シュリ」も、決して負けてはいません。最後、“シュリ・ベンチ”で、ユ・ジュンオンが聴くことで、幕を閉じることになる、キャロル・キッドの「When I Dream」も、とてもいい曲です。私も、近いうちに、この曲を含めたCDを買って、あのときの切ない気持ちを呼び起こさせたいと思っています。2000年1月11日に、定価2000円で発売されていますので、この曲に惹かれた人は、すぐにCD店へ、駆けつけましょう。
最後に、この映画のタイトルでもある「シュリ」は、朝鮮半島の澄んだ川の水にのみ生息する、体長7〜8センチの淡水魚からつけられています。映画の中では、北朝鮮工作員による作戦名や、コードネームとして使用されましたが、「シュリ」は、南北を自由に往来できる自由と統一の象徴でもあるそうです。朝鮮半島は、軍事境界線(38度線)を境に、北朝鮮と韓国に分断しています。この境界線には、イムジン川など、いくつかの川が、国境をまたがって流れています。人間は、この境界線をまたぐために、銃弾を受ける覚悟を必要とします。しかし、「シュリ」は、平然と国境をまたいで泳ぐことができ、そんな危険とは無縁なのです。いつか、「シュリ」のように、南北朝鮮の人達が、自由に38度線を往来できる日が来ることを願って、このタイトルをつけたのだと、私は思うのです。
監督 カン・ジェギュ キャスト ハン・ソッキュ(韓石圭) ユ・ジュンウォン(OPの冷静な情報部室長) キム・ユンジン(金允珍) イ・ミョンヒョン(ジュンウォンの婚約者) キム・ユンジン(金允珍) パク・ムヨン(第8特殊部隊長) ソン・ガンホ(宋康昊) イ・ジャンギル(情に厚いジュンウォンの相棒)
参考
・株式会社インプレス MOVIE Watch
・「シュリ」公式サイト
・「シュリ」パンフレット